帰宅ラッシュの時間帯なのになぜか今日の電車は空いている。
4人がけのボックス席に私と翔くんは対角線上に座った。

窓の桟に肘をつき、そこに顎を乗せて私はボーッと外を眺めていた。
西陽はもう山の端に限りなく近づいている。


「ねえ、さっき何であんなこと言ったの?」


私は窓の外に目をやったまま何となく聞いてみた。


「友達って聞いたこと?」

「そう。なんか翔くん、すごいムキになってなかった?いつもの翔くんじゃなかった。」


窓の外から視線を翔くんに向ける。
彼はスマホから顔をあげない。
返事をするつもりがないみたいだ。


「吉沢くんのこと知ってるはずなのに「友達?」って聞いて一体どんな返事を求めてたわけ?」


すると、翔くんはやっと顔をあげた。


「別に。どんな返事を求めてたとかはないよ。」

「でも明らかに怒ってたよね?」

「怒ってはいないけどムカついてはいたね。」

「なんで?吉沢くんが何かした?」

「じゃあ逆に聞くけど、なんでお前はそんなにあいつをかばうの?」

「それは…っ」


友達だから……??
そもそも、私たちは“友達”なのか?
私たちの関係って何なのだろう。

あの日、なぜ私は吉沢くんを離しちゃいけないと思ったんだろう。
なぜあんな行動に出てしまったんだろう。

私の吉沢くんへの想いがどこから来ていてどんな種類のものなのか、今でもやっぱりよく分からない。


「自分でも分からないんだろ。友達でもない、だからといって恋人でもないのに何でそんなに庇うのか。」


翔くんの言葉に、私は何も返すことができない。


「お前が何であいつにそんな執着するのか俺には全くわからない。」

「別に執着なんてしてないよ。」


執着なんてしていない。
あんな夜のことがあったのだから少しぐらい距離が縮まっても良いはずなのに決してそんなこともない。
私たちは今だって用事がなければ話さないし、連絡先だって未だに知らない。
そして、別に知りたいと思ったことも特にない。


「私だって翔くんが何でそんなに吉沢くんにムカついてるのか分からない。翔くんってそんな人じゃないよね?理由もなく人に怒ったりする人じゃないよね?」

「その通りだよ、理不尽に怒ったりしない。だから俺がムカついてるってことはそれ相応の理由があるってこと。」

「たとえば?」

「まずあいつの評判は良くない。いつも適当にふらふらしてるし飄々としていて何を考えているか分からない。そんなやつが何でお前と親しくするのか、どんな目的でいるのか考えるとすごい嫌な気分になる。愛菜が心配だ。」


確かに、吉沢くんの印象は翔くんの言う通りだと思う。

私は膝の上に置いた拳をぎゅっと握った。


「でも、そんなの翔くんの勝手な考えじゃん。吉沢くんのこと何も知らないはずなのに決めつけたようなこと言わないでよ。」


心臓がバクバク音をたてる。
翔くんの方へ視線を動かすと、彼の視線が私をピタリと捕らえた。

心の奥まで見透かされそうな真っ直ぐな瞳で見据えられる。


「じゃあ愛菜は知ってんの?あいつが何を思って何を考えているのか。」


その瞬間、車内に私の降りる駅を知らせるアナウンスが鳴り響いた。


「…じゃあ、行くね。」

「……おう。」


私たちは何となくぎこちない挨拶を交わす。
そして、慌てて座席を立ち電車を降りた。