教室の一番奥の窓際の席。
私の隣でもあるその場所は、今日も空いている。

窓から見える校庭の桜の花が少しずつ散りはじめている。
なんだか今年の桜は散るのが早い気がするな、なんて外を見ながらふと思う。


「おいー吉沢はどこだー」


4月になり新学期が始まってから1週間ちょっと。
その短い期間のなかで担任のこの叫びを一体何度聞いたことか。


「先生ー吉沢多分寝てますよ。」

「なんだよまたかー。」

「はい。朝早く来たかと思ったら眠いって言ってすぐ保健室行きました。」



担任とクラスメイトのやりとりを何となく耳にしながら、私は、散りはじめの桜から何故か目が離せずボンヤリ見つめていた。


散りはじめの桜って、こんなに綺麗だっけ。




笹本愛菜、17歳。
この春、高校2年生になった。

ドキドキワクワク(?)の新学期を迎え、新しいクラスになり1週間が経った今日のHRでは、以前からの担任の予告通り、委員会の割り当てをする予定になっていたのだ。


そして、その予告通り、クラスメイトは休まずにしっかり学校に来て席についている。立派なものだ。

……約1名を除いては。



「困ったな。これ以上委員会決め延ばせないんだよ。週明けに早速集まりある委員会もあるしなぁ。」



困ったように頭をガシガシかいている担任の姿が視界に少し入ってくる。


そんな担任の姿を気の毒だとは思うけど、私にはどうする事もできない。



「菅原ーちょっと吉沢呼んできてくれないか?」

「先生、俺が行ったってあいつ来ませんよ。」

「たしかに。菅原と吉沢はまあまあ親しいし。仲良いヤツこそ「はいはい」って流しちゃうのが吉沢ですよ。」

「じゃああんまり親しくない人に言われたら言うこと聞くってことか?」

「少なくともその可能性のほうがありますね。」



何人かのクラスメイトからの助言を受け、担任は「うーん」と唸り声をあげ、再び考え込んでしまった。

しばらく考え込んでいたと思ったそのとき。



「あ、じゃあ笹本。吉沢呼んできてくれないか?」



突然私の名前が呼ばれ、慌てて桜から教卓に視線を向ける。



「えっ、なんで私…」

「なんでって、そりゃあ笹本は吉沢と隣の席なんだから本当は親しくなっても良いはずなのに、お前ら全然話すらしないだろ?さっきの菅原達の話からすると、仲良くない奴が呼びに行った方が良いって言うから。」

「えー……」



担任の突飛な発想に、思わず言葉を失った。


もっと親しくない奴いるじゃん。
てか、そもそもこうして隣にいない事が多いんだから話をする機会なんてない。

しかも、私の横目に吉沢くんの横顔が少し入ってくる程度にしか顔も見たことないから、正直どんな顔してるかもあんまり覚えてない。



「頼むよ笹本、もし吉沢が渋ったら保健の先生にお願いして戻ってくれば良いから。」



たしかに、吉沢くんが来ない限り委員会は決まらない。
委員会が決まらないとなると、おそらく放課後残されて決めるはめになる。


……仕方ない。



「分かりました。もしシカトされたら諦めて戻ってきますね。」

「ありがとう、本当に助かるよ。」



担任の本当に安心したというような声色を背中に受けながら、私は席をたち、教室を後にした。





席を立つ直前、ふわりと大きな風が吹いたのか、
校庭の桜が大きく舞い上がり、宙を泳いでいた。