むわっとした空気が漂いはじめた6月下旬。
湿気が高く蒸し蒸しした空気が体にペタッとくっつくのが何ともいえない。

夏服に衣替えをしてクラス全体の色は明るくなったはずなのに、この訳の分からない空気のせいで雰囲気はどんより暗く感じる。


「…暑くないの?」


無造作にまくられた長袖シャツの腕に顔を突っ伏している吉沢くんに私は声をかけた。


「暑いよー。蒸し蒸しするー。」


突っ伏したまま喋るから声がこもっている。


「寝るから余計暑いんだよ。」

「そうだけどさー。人間の三大欲求の1つだよ?睡眠。三大欲求に勝てるほど俺は強くない。」


かっこいいのかかっこよくないのか分からない理論を述べた吉沢くんは、くわーっと伸びをしてやっと顔をあげた。


「あのさ、そろそろ曲作りやった方よくない?」

「あー、たしかにそうだね。決定稿も貰ったし。」


吉沢くんの提案に私も同意した。

5月に仮の台本を貰って、曲を流す場面やどんな曲調が求められているのかは把握できていた。

正直、思っていたほど求められる曲数は多くなかったから、仮台本の段階で作業を始めなきゃいけないほどのものではなかったのだ。


「というかさ、今さらだけど編集も私たちがするってことだよね?」

「だろうね。まさかメロディーだけ作って終わりなんてことはないだろうし。」

「だよね…」


どうして今まで気がつかなかったのだろう。

メロディーを作るだけならピアノがあればできるから音楽室を借りてやれば良い。

でも、編集をするとなると特別な機材だって必要になる。
最低でもパソコンと編集ソフトはないとできない。

そんなものどこで手に入れれば良いんだろう。



「俺の家に色々機材あるから、編集はうちでしよう。作曲は音楽室でやればいいんじゃないかな。」


そんな私の不安を消し去るような吉沢くんの発言に驚いた。


「何で吉沢くんの家にそんな機材があるの??」

「んー、まあ色々あるわけよ。とりあえずそういう心配はいらないから。」

「分かった。じゃあその時はよろしくね。まずは曲作らなきゃ。いつやる?」

「いつでも良いよ。なんなら今日からでも。」

「じゃあ今日からやろう。嫌にならないうちに。」

「了解。」


じゃ、放課後のために体力温存してくるわ。


そう言って吉沢くんは席を立ち、どこかに行ってしまった。

どうせ保健室でサボりかな。
保健室は冷房あるし少し羨ましい。



今日から本格的に楽曲制作だ。
音楽に本格的に触れるのはかなり久しぶり。

無事、何事もなくいきますように。



しかし、私のこの願いが呆気なく散ることになるとは、今の私は思ってもいなかった。