飛行機は下降を始め、茶色い建物に囲まれた埃っぽい飛行場へと滑り込んでいった。
着いた! 本当にここがローマなのね?
成田出発の朝ぎりぎりまで仕事をしていて、今も足元がふらついている。飛行機の中では十時間近く、ぐっすり眠ったからもう疲れはとれているはずだが乗り物の中で眠るのは、ベッドの上で眠るのとは勝手が違うらしい。足に力が入らない。
 

 空港では容貌も様々な人々が、聞きなれない言葉をしゃべりながら、大きな荷物と共に行きかっている。皆、急いでいる様子もなく、ゆったりした足取りだ。いつも仕事でてんてこ舞いしている日本でのせわしい日々が嘘のようだ。本当にローマまで来たのだと実感した。こんなにまとまった休みが取れたのも、これまで徹夜も辞さずに働いてきたごほうびだ。

 ローマ観光はもちろん大事だけれど、今回の旅行の一番の目的は マー君に会うこと。マー君は目下、私が愛してやまない大事なボーイフレンド。でも将来を約束した人、と言っていいのかはまだわからない、微妙なところ。

 私とマー君の出会いは一年前だった。私は同僚で美大出身の文子に、合コンに誘われた。そこには美大卒業生を中心に、その友人や同僚が集まっていた。マー君は文子の後輩だった。美大出身といえば、皆一風変わった外見をしているのかと思っていたが。男性のほとんどは会社勤めで背広姿だった。マー君はその中で、独特の雰囲気を持っていた。細身色白で、染めているわけでもなかろうに髪の毛は茶色く、軽くウェーブがかかっている。小さな顔にくるりとした大きな目には、少年のような輝きがあり、その微笑は明るく屈託がなかった。
「彼、可愛いなあ・・・」
それが私の抱いた第一印象だった。
 私は芸術家というともっと気難しいタイプを想像していた。わざわざ美大に行くような男は、他人にはとっつき難い自分だけの拘りを持っているに違いないと信じていた。でも彼はどうやらそうでもなさそうだ。見るからに優しそうで、純粋そうで・・・。ひょっとして、癒し系の男性ってこういう人なのかしら。私は彼に断然興味を持った。元々私は男らしいタイプより、可愛いタイプの男性が好きなのだ。
 私は文子にそっと耳打ちした。
「ねえ、あの彼のそばに座らせてくれないかな」
文子は私の方を向いてにやりとした。
「あんた、マー君をきっと気に入ると思っていたわ」

(続く)