社長はメイクもしていないのに、私よりもずっときれいな肌をしている。切れ長の目と視線がぶつかって、ばくんと心臓が弾けた。

 社長の指先がメイクアップアーティストみたいにスティックから紅を取り、私の唇に触れる。ぽんぽんと優しく叩きながら色を乗せていく感触に体が固まる。

 息遣いが聞こえるような距離感で、思わず息を止めた。ついでに目もつぶる。

 こんな至近距離で、社長のアップは心臓に悪い……!

 軽く叩かれ、丁寧になぞられ、やがて感触が離れていく。

 そっと目を開けると、整った顔がまだそこにあった。視線が合わさると、彼ははっとしたように顔を逸らす。

 人通りはないけれど、ここはクライアントのオフィスが入ったビルのエントランスだ。

 急に恥ずかしくなって、私はうつむいた。

「あ、ありがとうございます!」

 自分で確認する余裕もなく鏡をしまい、渡された口紅をバッグに入れる。それから無言のまま歩き出す社長の背中に、急いで続いた。