「さあ、奥へどうぞ」
社長がふたりを応接室へと案内していく。通路を歩いていく彼らに会釈をすると、男性の方は返してくれたけれど女性は気づいていないのか素通りした。
「こちらは新しく入ったアシスタントの前原です」
ふたりがソファに腰かけたところで社長が私を振り返る。私は転職活動で唯一身につけた四十五度の正しいお辞儀をした。
「前原結愛と申します。よろしくお願いいたします」
「へえ、新人さん入れたんですね。松葉です」
名刺を差し出してくれた男性は三十代半ばといった感じの落ち着いた雰囲気の人だった。経営企画室と書かれた文字の下に『松葉幸伸』と印字されている。
私は念願だったスティリスの名刺を恭しく渡した。まだなんの肩書もないけれど、ほんの少しだけ誇らしい気持ちになる。

