私の聖域、一人一組、与えられた机に座りあの夜の事を思い出して頬が熱くなる。
この学校に、こんなにも私の心を強く揺さぶる人間は居ない。むしろ初めて出会った。
無性に会いたいと思ってしまう自分が情けないけれど、どこか可愛いじゃないかと思ってしまう。

学校の前で待つか、部室へ行き押し付けて逃げるか。
どちらが良策かと午後の授業中はその事ばかりを考えていた。
きっと次の何かを望んでいたのだろう。気付けば見慣れぬ制服姿の生徒を何人も見送っていた。

日は沈み、校門から流れ出る生徒の数も疎らになってきた。が、目当ての影はなく、自ら出向いた癖にこうして待っている事がひどく馬鹿らしく思えてきた。
顔を上げ、鞄の中の携帯に手を伸ばそうと腕を動かした瞬間、声がした。

「あ、……陸さんの」

夕日を背に立つから顔がはっきりとは見えない。が、少し聞き覚えのある声だった。

「どうも……いる?」

やはり私は言葉が足りない。だが伝わるならそれで良いと私は思うのだ。
知り合いと言える人間では無いし、友達にもなっていない。正直な話、なんと言えば良いのか分からなかったのだ。

「い、ますけど……今は取り込み中と言うか……」

「部室?」

「そうですけど、今は行かない方が……」

もごもごと口篭る彼に苛立ちを覚えてしまうのは、きっと待ちくたびれてしまったから。返事を待たずに、記憶を辿りあの部室へと足を進めた。
「あっ」と短い言葉を背に受けて私は歩く。椿西の生徒が私を見てヒソヒソと話す姿を見て少し小走り。

つい最近来たばかりだ。忘れる訳が無い。排球部と書かれた部室の扉をノックすると数拍遅れて扉が開いた。
そして会えるだろうかと期待した相手が現れた。

「何じゃい。邪魔すんな言うたじゃろうが」

上半身裸で、女の喘ぎ声を背負って。
少しだけ開けられた扉の隙間から見えるのは和也と呼ばれた甘い匂いの男と、肌蹴た制服を慌てて整える女の子が二人。
目のやり場に困り視線を泳がせているとばちりと目が合ってしまった和也が歩み寄りこう言った。

「雨の子じゃ。なんじゃ陸。ちゃっかり手ぇつけとったんかい。そうや、お嬢ちゃんも楽しんで行かんか?」

上裸の和也に手を引かれて身体が固まる。何を言っているのか。こんな文字通り、良くない異性交際を初めて目の当たりにして吐き気がした。
何も言わない私を部室に引き入れようとして陸が止める。

「やめぇ、そんなん違うわ」

経験が無い訳じゃあない。
それに陸に対して少しだって期待もしていなかった。
だけど、目の前の光景からその先なんて安易に想像出来てしまって顔が険しくなっていく。

「ごめんね邪魔して。これ前借りたやつ。ずっと持っとくんなんか嫌じゃしさっさと返しに来たんよ。ちゃんと洗ったから。じゃあ、さようなら」

一息で言い終えると、変なものを見る様な目付きで陸が私を見た。驚き、言葉が出ない和也、顔を見合わせる女の子二人。全てが私の神経を逆撫でる。
そんな目で私を見るな。そう叫びたくなった。

何一つ、期待していなかったなんて、多分嘘。
見知らぬ制服姿の生徒とすれ違いながら頬が濡れているのだから。
さようならと言ってみたけれど、私と陸は始まってすら居なかったのに。