駄目だ。
今、此処でその名を呼んでは。
カイムが居る、ジェイドやロキが居るこの場で......私のことをその名で呼んでは駄目だ。
シエラはまだ覚悟をしかねていた。
したつもりだったけれど、まだ完全には出来ていなかった。
なのに。
今この場で自分のことをその名を呼んでしまえば、ばれてしまう。
覚悟も出来ぬ間に報せるべきであって、報せたくない事実が。現実が。
白を切ってしまおうか。
何を言っているの?
私はルシアスなんかではないと。シエラという人間だと。
「.........」
そう思うが口には出ない。
暫く無言が続き、シエラはひたすらにカイムがこれ以上の言及をしないことを願う。
「あの......それは何かの間違いではないんですか?
ルシアスという名前を聞いたことはあります。
確か今ロアルが支配する魔族の国の前王の娘―――姫の名だったと思うんですが」
シエラの心の中とは裏腹に、言葉を重ねてしまうカイム。
カイムの視線はすでにシエラからジスに映されており、彼女が噛み締める唇からじんわりと血が滲むことには気が付いていない。
もちろん彼女の思いも届いてはいなくて、カイムはさらに言葉を進める。
「彼女の名前はシエラです。
ルシアスという名前でもありませんし、彼女は人間です。
それに..........そのルシアス姫は、何年か前に亡くなったと聞いています。
―――きっと何かの間違いでしょう?」
はっきりとカイムが言う。
シエラが口にしたくて口に出来ない、事実を否定する言葉をカイムは正しいと信じてそのままに。
シエラだ。人間だ。
ほんの数日前には多少の不安は持ちながらも普通に言うことが出来た言葉なのに。
今はそれを言うカイムの言葉に、どうしようもなく胸が痛い。
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