「意味の分からないこと言って切り掛かってきたと思ったら、今度は泣き出すのか。
本当に.......どうすればいいのか判らなくなる」
彼女の涙を見た。
その涙に彼は明らかに動揺する。
きっと本当は優しい少年なのだろう。
他人のこんな涙に、彼は慣れていないらしい。
ッ。
彼は困ったように、前髪を掻き分けた。
「ただ.....ただ煙が目に入った、それだけよっ!」
シエラもこの涙を彼に見られるのは、何だか嫌だと思った。
魔族なんかに同情しただなんて―――自分でも認めたくなかったから、自分の涙を否定した。
涙に潤む視界。
その向こうで彼は本当に自分を心配していた。
どうして?
この状況に陥れた最大の容疑者である彼なのに。
魔族なんて、血も涙も無いはずなのに。
彼の瞳は、とても優しかった。
あまりに優しくて、認めたくは無いけれどそのまま彼に泣きついてしまいたくなった。
だがそんなこと、出来る訳は無い。
シエラはその涙を急いで拭い去る。
(.........魔族も、こんな顔をするのね―――)
魔族は人の血の通わない極悪非道の輩である。
魔族は全て世界の底辺を生きる者達だと、勝手に強く思い込んでいた。
.........。
だけれど、彼の瞳を見る。
魔族にもちゃんと苦しみや悲しみを感じる心―――誰かを想う心が人間と同じように存在することを知る。
全ての悪は魔族に在る。
その定義のほんの端っこが音を立てて崩れる。
魔族は憎い。
でもこの人は.......悪い人では無い。
何故だろうか?
自然とそう思ってしまった。
魔族を憎む気持ちは変わっていない。
だけれど彼を見ていると、自分がしていることが自分が思っていることが果たして全て正しいのかと疑いたくなった。
自分が貫くもの正義だと信じていた心が、微動する。
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