ザッ....ザッ。
シエラは目的の人かもしれないその人影の方へと、ゆっくりとした足取りで歩いてゆく。
「――――ても無駄だ」
シエラは足を止めた。
どうしてか。
それは人影の方から、誰かが話している声が聞こえたからだ。
しかもその聞こえてくる口調から察するに何か口論している様子だった。
ッ。
シエラはその声に反射的に近くの草陰に隠れる。
(何で隠れてるの、私)
反射的に体が動いて隠れてしまったものの、自分が隠れる理由が見つからない。
別に隠れる必要はない。
シエラは草陰に隠した身にそう感じ、草陰から立ち上がろうとした。
ッ!
だが次に聞こえてきた聞き慣れた人の声に、シエラはその動きを止めた。
「......だから何度も言ってるでしょう?
私はそんなこと何も知らないと」
聞こえてくる女の声。
(母さん?)
確かに聞き慣れたエルザの声だった。
さっきの声の主の口論の相手は、紛れもないエルザだったらしい。
エルザは何だか怒っている様子で、様子がいつもと違っていた。
(母さん、誰と話してるの?)
シエラは疑問に思う。
相手の声は村の者の誰でもない声だった。
どこかで聞いたことのある声のような気もしたが、明らかにこの村の者ではなかった。
謎の人物。
エルザの口論の相手。
シエラは相手の正体がどうしとも気になり、草陰から少し身を乗り出し声のする人影の方を見た。
ザワッ。
(え....)
相手の正体。
それを目にしたシエラは驚いた。
(どうして....)
シエラが驚くのも当然。
エルザと口論しているその相手。
それは、シエラが昼間に森の中で出会ったあの魔族らしき男だったのだから。

