頭が疼いた。

.........。
この感覚、覚えている。


これは、何かを忘れてしまっているあの時と―――記憶を失い新たにルシアスからシエラとして生き始めてから感じていたあの時と同じ。
何かとても大切なものを、自分は忘れてしまっている。

キンッと疼く頭の痛みを、シエラは必死に堪えて考える。











(私、知っている―――カイムという名を持つ人のこと......。

私は、知っている)




そう確信した。

それなのに。
それなのに知っているはずのその人の顔も声も、その人が一体誰であるのかも何一つも分からない。
いつに出逢い、記憶の何処にその人が存在するのかさえも分からない。


だけれど、自分は知っている。
カイムという名を。

記憶に無い記憶。
その記憶を強烈に肯定する沸き上がる確証の無い確信。















「――――。
......カイムか。良い名だな」



胸の辺りを押さえたまま言葉を発しない彼女に、ライルはそれ以上は何も問わずに歓声を上げる民達を見つめ直して呟いた。

隣に居るシエラの様子がその名を聞いて何処か変わったことには気が付いたが、黙り込んだまま何処でもない所を見詰める彼女の姿に言及してはいけないと悟った。



カイム。
ライルの記憶の中にもその名は無かったけれど、それはとても尊く儚いとても重みのあるものであることは何となくだが感じた。

だけれど、どうしてそのように感じるのかは彼にも分からずにただ漠然とそう感じるだけだった。





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