『私....誰?』
目は覚ました。
だがその時すでに、シエラの記憶はなかった。
今までの記憶。
その全てを彼女は失ってしまっていた。
身元も、名前も分からぬ少女。
その少女が持っていた、自らを証明するもの。
少女が唯一覚えていたもの。
それは少女が倒れていた時からずっと握り締めていた淡く輝く小さな指輪と『シエラ』という一つの言葉だけ。
この少女の様子を見たその人は、その記憶を失った不思議な少女を『シエラ』と名付けることにした。
少女が自らの存在に疑問を持った時、本当の自分を探す手がかりになるようにとその人は考えた。
少女が成長し大人になった時の幸せを、彼女は考えたのだ。
そして『シエラ』と名付けたその人は、その記憶を無くしたシエラをまるで我が子のように大切に育てることに決めた。
目を覚ましたからと言って、そのまま外の世界へ放り出すようなことはその人には出来るはずもなかった。
その人はシエラにとっての命の恩人―――そう言っても過言ではない。
その命の恩人。シエラの記憶にある唯一の母である人物。
その名は『エルザ』。
エルザはシエラと出会うまでは村の小さな家でたった一人で暮らしていた。
子供も居なかったためか、エルザはシエラに本当の母のような愛情を注いだ。
幼く記憶のないシエラにとってエルザは、母同然の存在。母以上の存在。
そうだ。
シエラがこの村へと再び帰ってきた理由。
それは、エルザに会いに行くためだった。
「ただいま......母さん」
無言のまま家を出てから数分。
そんな昔の想いに浸りながらシエラは歩みを進め、静かな風の吹き抜ける小さな丘の上へとやってきた。

