なんで榊さんがここに…!?帰ったんじゃなかったの!?

榊さんの手が、私の肩にそっと触れる。思わず身体が跳ねてしまうと、榊さんは「あ、ごめん」と謝って手をどけて私と少し距離を保った。

「忘れ物をして…それで、情けなくなって…だからなんでもないんです…」

上司に向かって失礼だけど、今は目を合わせられる状況じゃなかった。

「忘れ物?あれ、及川さんお迎えはどちらに…?」

榊さんは周りをキョロキョロと見渡すが、それらしい車なんて一台もない。

「っ…ぅ」
だってお迎えなんて嘘だもん、もう最悪だ…。

言葉に詰まる私を見兼ねて、榊さんは車の後部座席へと私を誘導し、乗るように促してくれた。

「とりあえず乗ってください。ここは冷えますし」

後部座席に乗り込むと、榊さんは、コートからハンカチとポケットティッシュ取り出して、私の大腿に置いた。その後榊さんも運転席に乗り込んだ。

車はとても暖かくて、いい匂いがした。

「ここでお迎え待ちましょうか」

私の顔は見ないようにしてくれている。もう正直に話すしかなかった。

「ごめんなさい…!お迎えが来るって言うのは嘘だったんです。その、榊さ…榊専務に送ってくれるって言われて凄く緊張しちゃって…。上手く話せるスキルもないですし、おまけに財布とスマホと家の鍵を会社のロッカーに入れっぱなしで出てきてしまって…そしたら情けなくなっちゃって…」

「そうでしたか。それは私も悪いことをしてしまいましたね」

申し訳なさそうに榊さんは言った。

「ちっ、違います!榊専務の親切を素直に受け入れられていたらこんなことにはならなかったんです…だから榊専務は何も…」

「いえ、少なからず私が及川さんにプレッシャーを与えたのは事実ですし…。」
しばらく間があり、また榊さんが口を開いた。

「高野さんの住所わかります?仲がよかったですよね?」

麻里恵の住所…

「……わかりません」

「そうですか、じゃあ仲の良い同僚とか、お友達とかの住所は?」

「…す、すみません、地元がこっちじゃなくて誰も…いないです」

せっかく榊さんが打開策を提案してくれてるのに…!