「わかりました」と言い訳を押し殺して承諾した。自分で蒔いた種だから自分でやるしかない。

「なら業務に戻ってください」

言われなくても戻るよ…！

榊さんの笑顔はまるで私が早くこの場から立ち去るのを急かしているみたいだった。

オフィスに戻ると案の定他の課の人たちが駆け寄ってきて質問攻めにされる。

「及川さん！榊専務と何話してたの！？」

「あはは…単なる書類の不備を指摘されただけですよ」
みんなが望んでいるような楽しい話は何もないよ。

「不備を指摘するのにわざわざ呼び出し！？ホントはなんかあったんじゃないの～？」

「本当に何もないですって！」
そんな事よりも私はやることがいっぱいあるんだよ～！

「なんだ、つまんないの」

誰か一人がそう言うと、私を囲んでいた人たちはまた自分の業務に戻って行った。

「はぁ…。」
勝手に盛り上がって勝手に落胆するなんて勝手な人たちだ。
大きなため息をついてみても状況は何も変わらない。私は再びログインし、キーボードをひたすら叩いた。

定時間際になると麻里恵が戻ってきた。

「あれ？帰らないの？」

その問いに私は首を縦に振る。

「残業」
全然終わらない。麻里恵の方を向いている暇もなかった。その状況を察したのか麻里恵は「手伝うよ」と声をかけてくれる。一瞬麻里恵が女神様に見えて目を輝かせたけれど、榊さんに言われたことを思い出した。またコンプラ違反と指摘されるのは絶対ごめんだよ…。

「ありがとう、でももうすぐ終わるから大丈夫だよ」

「そう？じゃあ先帰るね。お疲れ」

そう言いながら麻里恵は鞄からカフェオレを出し、私のデスクの上に置いた。

「さっき買ったやつだからあったかいよ」

「うー…いつもありがとう！！」

麻里恵の優しさに心が染みる。