「榊…専務」

「ちょっといいですか?」

榊さんは、親指でオフィスの扉の方を指した。“ここから出て”ということなのだろう。

「…はい、すぐに」

あれ?随分怖い顔してたけど私何かやらかした?いろんな考えを脳に巡らせながらエクセルを上書き保存し、ログアウトする。

その間に榊さんはオフィスの出入り口まで移動したようで、そこで私を待っていた。榊さんの所まで向かう私を、オフィス中の全員が見ていたように感じたのは多分気のせいじゃない。

「すみません、お待たせ致しました」

「付いてきて」

榊さんはそれだけ言うと、エレベーターに乗りこんだ。

私もそれに従って、榊さんの斜め横に立った。榊さんは、このフロアより一階上のボタンを押した。

沈黙なんて気にならないくらい、呼び出しをされた理由が気になってどうしようもなかった。

目的の階に到着し、慌てて開ボタンを押したままにし、榊さんに先に出てもらう。

「ありがとう」

榊さんは私にお礼を告げて、エレベーターから降りる。私もそれに続く。

目的地は専務室だった。ここへは新人の頃、前任の専務との面接の時に一度だけ来たことがある。

「どうぞ、入ってください」

榊さんに誘導され、言われるがままに入室する。

相変わらず殺風景な部屋だけど、デスク背面の景色はとても綺麗だと思う。

デスクの傍に置いてあるポールラックには、榊さんが着ていると思われる黒いロングコートが掛けられていた。

「座って下さい」

デスク前方のソファに促され、私はそれに従う。閉められた扉に妙にドキドキしてしまう。

榊さんも私の対面に座り、私にホチキス留めのA4サイズの用紙を渡してきた。

「これ見て下さい」

渡されたそれに目を通すと、それは見覚えのある書類であることに気がついた。