麻里恵の言う通り、今日は残業になってしまった。朝の業務が遅れると午後にしわ寄せがくる。麻里恵は相変わらず榊さんについて愚痴をこぼしていたけれど、人事部の彼が麻理恵の仕事が終わるまで待っていてくれるとLINEがあったのが幸いして上機嫌だった。

私たちがオフィスを出る頃、ちょうど更科総務がオフィスに入って来た。

麻里恵と一緒に「お疲れ様です」と挨拶を交わす。

「おー、お疲れ様。今日は事務大変だったね。ごめんね。」

「ホントですよ!でも総務が榊さんにはっきり言ってくださったのでスッキリしました!」

親指だけを立たせ、麻里恵は拳を挙上させた。更科総務に“グッドラック”のポーズを決めている。それには更科総務も笑顔になる。

「やー、俺もなんか納得できなかったしね…ってそうそう、忘れてた!明日榊さんの歓迎会あるから」

「また随分と急ですねぇ」

思わず口に出る。

「どの課も総出らしいから、なるべく出るようにして欲しいんだけど、二人とも出席出来そう?」

「私は大丈夫ですよ。出席できます。」

麻里恵も頷いて返事をした。

「それじゃあよろしくね!明日集金あると思うから…!お疲れ」

エレベーターに乗り込んだ時、お昼の事を思い出した。
榊さん、なんで食堂に行かなかったんだろう。あの時の行先は食堂の階しか選択されてなかったのに。

「総務もいいよね~」

「…何が?」

「イケメンだし、仕事出来るし!」

更科総務がイケメンだってことは私もわかる。背も高いし笑顔が素敵だし。

「でも麻里恵、彼氏いるじゃん」

エレベーターの鏡でメイクを直す麻里恵は眉間にしわを寄せ、口をあんぐりと開けて、まるで天然記念物を見つけたような顔で私をまじまじと見つめた。

「あんたさぁ…。」

麻里恵はため息をついた。

「あのね、いい男っていうのはその場にいるだけで癒しになるの。それが彼氏じゃなくてもね!いい男が近くにいれば、エストロゲンが分泌されて自分自身も綺麗になれるの!一石二鳥なの…!」

「…!?そ、それって澤野さんに申し訳なくないの…?」

どうしよう、全然言ってることがわからない。

「そりゃあの人がかっこいいとか、あの人タイプなんて澤野君には言わないよ?そんなこと言ったら傷ついちゃうから。でもこうやって女同士で言い合う分にはいいの!メインはあくまで澤野君、デザートがイケメンってこと!そのイケメンってのは総務だったり榊さんだったり…あ、榊さんはムカつくからいいや、そこいらの芸能人だったり…なんでもありなの!いわゆる目の保養ってやつですよ」

「待って待って、メインにデザートってことは、どっちも食べるってことじゃん?それってますます澤野君に失礼じゃない!?」

「はいぃ?」

麻里恵は心底驚いていた。そしてまたため息を大きくついて「ダメだこりゃ」と言い放った。