【杏彩side】
翌日。
春瀬の傘のおかげでわたしは濡れることなく家に帰ることが出来た。
会ったら、ちゃんとお礼を言おう。
そして、この傘を渡そう。
“ありがとう、おかげで濡れなかった”
朝から何度も呪文のように心の中で唱えている言葉。
もっと可愛い言い方をしようと試みたものの、どうして素直な言葉が見つからずに結局冷たい言い方しか思いつかなかった。
言えるかな……いや、言うんだよ。
いくらなんでもお礼はちゃんと言わなきゃダメ。
そう思いながら手に持っている黒い傘をぎゅっと握りしめて教室の中に入った。
だけど、そこに春瀬の姿はなかった。
今日は家の前にもいなかった。
そのときからもしかして……とは思っていたけど、まさか休み?
昨日、雨に濡れて帰ったから風邪でも引いちゃったのかな?
そうだとしたら、わたしのせいだ。
わたしの予想はこんなときだけ的中していて、春瀬は欠席だった。
まだ風邪だとは決まったわけじゃないけど、気が気じゃない。