「ちゃんとここ、できてるじゃん」
「!?」
そのとき、うなじに触れた冷たい指先。
びくっと肩をすぼませながら振り返ると、案の定それは山辺さんだった。
「…手、冷たすぎですよ」
着物の時よりも、首元が広く空いているせいなのだろうか。
浴衣姿も、それはそれでやけに色っぽい。
「さみーの。でも剣士がどうしても浴衣でって言うからさ」
「あは、やっぱ和服好きなんですね」
もうすでに2人は、2人だけの世界に入っているんだろう。
随分と離れたところに、その姿が見えた。
「もうこのまま、2人でいよっか」
ー !?
私はびっくりして、彼の顔を見上げた。
そして目が合うと、彼はくしゃっと鼻筋を歪めて吹き出す。
「…とか、言ってそうじゃねって」
「な…!遊ばないでください!」
もう、赤くなってしまった頬を隠すマフラーもない。
美沙たちのやり取りをアフレコしただけだったのに、それを勘違いしてしまった自分を呪った。
というか、彼の反応からして、たぶんまた弄ばれた可能性の方が高そうだ。
いまだ彼は、ケタケタとお腹を抱えて笑っている。
「もーうるさい。静かにして!」
彼の右腕を殴ると、大袈裟に痛がった。
「浴衣、似合ってるよ」
「はいはい。たぶんそれも言ってますね」
私が口を尖らせてやり過ごそうとすると、彼の右手が私の腰に回って、ぐっと体が密着した。
「な…ちょっと」
「浴衣。似合ってるってば」
薄い布越しに感じる彼の体温。
この距離じゃあ、本当にこの心臓の音が、彼に届いてしまっているかもしれない。
「桃田さんに言ってんの」
「わかったから、ちょっと離れて…!」
もうだめ。心臓が壊れそう。
「耳、真っ赤になってる」
彼の柔らかい髪が、頬をかすめた。
もう無理、もう無理。
ほんとに彼には敵わない。
「お前ら!いちゃつくな!!」
振り返った鎧塚さんがそう叫んで、エレベーター前でようやく体が離れたものの、馬鹿みたいに速くなってしまった鼓動は、まったく収まる気配がない。
まだまだ夜はこれからだと言うのに、本当に私、大丈夫だろうか。

