「山辺さん。お水飲みますか?」
目の前にしゃがみこんだ彼女は、さっきまでは人の弱点を見つけて、やけに嬉しそうにはにかんでいたくせに、今は子犬のように眉毛を八の字にして、上目遣いに俺を見つめる。
「膝、貸して」
「えっ!?」
目を丸くして、手に持ったペットボトルを床に転がした彼女。
こんなに寒いなか、頬がピンク色に染まっているのは、たぶん化粧のせいだけじゃないだろう。
初めて会ったときから、彼女はどこか男が放っておけないような、隙のある雰囲気を纏っていた。
近藤さんの紹介という点からして、なんとなく先入観があったのもあると思うが。
彼女は特別美人なわけでも、綺麗系が好みな俺のタイプなわけでもなかった。
焦げ茶色のロングヘアーを緩く巻いたスタイルも、ピンク色に染められた唇も、綺麗なカールのついた睫毛も、本当にどこにでもいるような、小綺麗なOLといった感じ。
そんな彼女が俺の中に残した爪痕は、ただ1つ。
俺の母親らしい人物と同じ、左利きという点だった。
「ほんとに?本気で言ってます?」
「本気本気。この前してあげたでしょ」
ピンク色だった頬は、とうとう赤く染まった。
彼女といると、俺も俺らしくない。
こんな風に女の子をからかうのが趣味、ってわけじゃないんだけどな。
渋々立ち上がった彼女だったが、まだもじもじと躊躇っている。
ほんと、見ていて飽きない。
「じゃあ肩でいいよ」
もう随分と楽になった体を、あえてだるそうに起こす。
彼女にとって膝枕よりはハードルが低いのか、今度はすっと隣に腰を下ろした。
「どうぞ…」
まっすぐ前を見据えたまま、彼女はそう言った。
「お借りしまーす」
彼女の右肩に頭を軽く乗せると、マフラーからなのだろうか。
ふわっと、柔軟剤のようなフローラルな香りがした。
正直に言えば、彼女も俺の周りにいる多くの女性と同じように、何度か会えば、簡単に手に入るだろうと思っていたんだ。
彼女の纏う雰囲気だけじゃない。
飲み屋のトイレ前で迫られてるかと思えば、その何時間か後には、また別の男と電車に乗って。
近藤さんから、毎週合コンしてるなんて話も聞いていたから、俺と同類だと信じて疑わなかった。
なのに彼女は、知れば知るほど簡単ではなくて。

