「桃田さーん、また結ぶ手逆ですよ~。左手が上!」

「はっ…すいません…」

もう先生がイケメンだとか、そんなことは気にしていられなかった。
そもそも、その先生の顔を見る余裕すらない。

「もしかして、桃田さんって左利き?」

また背後に回っていた先生は、後ろから私の顔を覗きこんだ。

「そうですけど…よくわかりますね」

まぁきっと、紐の結び方1つで2回も注意される人なんて、そういないのだろう。
私がそう答えると、先生はなぜかにやっと笑った。

「え、なんですか…?」

「ううん~なんでも~。衣紋なくなってるから、もう1回やりましょうね~」

一生懸命に結んだ腰ひもは、後ろから回した先生の片手でいとも簡単に解かれた。

…ちょっと今のは反則じゃないか?

少しだけ高鳴ってしまった胸を落ち着けて、もう一度言われた通りに衣紋を抜き、タオルと腰ひものセットを手に取った。

「そうそう。それでぎゅって締めるときに、肌襦袢が前に持っていかれちゃうから~。なるべくここ、スースーするかなって確認しながら、紐結ぼうね」

「ひゃっ…」

先生の冷えた手がうなじに触れた瞬間、驚いて体が跳ねてしまった。

てっきり謝られるのかと思いきや、先生はそれには何も言わずに、むしろさっきよりも体を近づけて、

「そ、左手が上ね」

と、耳元で息を吐くように、小さく囁いた。


― 距離感。距離感。


「ちょっと…先生。近いです」

「あ、ごめんごめん、つい」

さっきまでの気の抜けた雰囲気とは違う。
イケメンがイケメンぶってる感じ。

「じゃあ今日はここまで~。あと4回よろしくね、桃田さん」

見れば見るほど、綺麗な顔だ。
至近距離でにこっと微笑んだ先生に、私はもう何も言えない。