レフティ


しばらくして私がトイレに立つと、後を追ってきたように健くんが後ろから声を掛けた。

「ねぇリカさん。このあと2人で抜けません?」

まん丸の目でまっすぐに見つめる彼。

― あー思い出した。
健くんは、私の最後の元カレにどことなく雰囲気が似ていたのだ。

奴も知り合った合コンで、同じ台詞を言った。
それについていってしまったのが、あの悲劇の始まりだった。

「え、いや~…私このあと予定あるんだよね」

予定なんてあるはずもなかったが、そう断る以外思い浮かばなかった。

「予定すか?このあと?」

疑うように私を見やって、その顔の距離はどんどんと近くに迫ってくる。

「んーちょっと近いかな健くん」

「えー?そうすか?」

腰に回された手に、いよいよ身の危険を感じた。
その手を引きはがそうとするも、筋肉質な彼の力に勝てるはずもない。

トイレに誰かがいてくれることを願うばかりだった。

「俺リカさんめっちゃタイプっす」

「あ、うん、ありがと…」

耳元で囁かれたが、これっぽっちも心臓は跳ねなかった。
とにかく早く離れて欲しい、それだけ。

「ね、お願いだからちょっと離れて?」

私の制止を聞き入れることなくトイレまで着いてしまうと、彼は壁際に私を追いやった。
これはさすがに、いや完全にやばい状況である。

「…左利きの女の子って~エロいっていうじゃないっすか」

聞いたこともないような話をしながら、彼の右手はニット越しに胸に触れた。

「ね、ほんとに!ちょっとやめて」

押さえつけられた両手に言葉で抵抗する以外なかったが、彼はもちろんそんなことは耳にも入れずに、服の中に手をいれようとまさぐる。

もう急所を蹴りあげるしかないと、覚悟を決めたそのときだ。

「おいおい、こんなとこでやるか~普通。AVじゃねーんだぞ」

私から彼を引き剥がしてくれた男性の声には、聞き覚えがあった。

「えっ…!?」

「あれ、桃田さんじゃん」

それはまさか、山辺先生。