レフティ


「…というわけだから」

もぐもぐと八つ橋を頬張った彼は、あっけらかんとそう報告した。

「よ、よかった…のかな…?」

「よかったよ。里香のおかげ」

― 珍しく彼が素直だ。

「なんか馬鹿みたいだったな、俺。悲劇のヒロイン…ヒーロー?ぶってたわ」

確かに今の彼は、憑き物が落ちたように清々しい顔を見せている。
それほど、これまでずっと悩んできたのだろうな。

そういうことがあるっていうのは、程度は違えど私にもわかる。
どんな難問だって、答えがわかってしまえば簡単に見えるのと同じだ。

「…じゃあこれからも一緒にいれるの?」

恐る恐る聞いた質問に、なんでか彼はふふっと微笑んだだけで、それ以上何も答えてくれない。
ざわざわと胸が騒ぎ出す。

まだ何かあるっていうの?

「…左利きってさ、人口の何パーセントくらい存在してると思う?」

そんな私の不安をよそに、彼は急に話題を変えてくる。

「わかんない」

ぶすくれて答えると、「続きあるから」なんて優しく頭を撫でられた。
今日の彼は妙ににこやかで、もはや恐怖すら感じる。

「大体10パーセントくらいなんだって。少ないよな~」

「10パーセント…そりゃ世の中生きにくくて当たり前だね」

1割の人間に向けてなにかしようなんて、大抵の人は思わないだろうからな。
これまでの、“ちょっとしたことだけど永久に続く不便”にも、諦めがついた。

「俺の母親…あ、産みのね。その人は、左利きなんじゃないかって、施設の人に言われてて。俺も気付くと左手で物持ったりしてたらしくてね、なんかそれ聞いた時は嬉しかったんだ」

「どうして左利きってわかったの?」

「俺の右腕に、女性物の腕時計がはめられてたんだって。ただそれだけなんだけど。里香は左利きなのに左腕につけるし、あんまり当てになんねーけどな」

また大きな口に八つ橋を放り込むと、あっという間に残り1つになってしまった。
8個入りで、まだ私は1つしか食べていない。

「ちょっと食べ過ぎ」なんて言ってみると、彼は「ごめんごめん」とはにかんだ。

やっぱり、今日の彼は変だ。
いつもの彼なら、食い意地が張ってるとか、食べるのが遅いとか、必ず馬鹿にしてきそうなのに。