「別にお前を養子に取ったのは、後継ぎにするためじゃない。ただ子供が欲しかっただけなんだよ。なぁ」
父が母を見やると、母も目を細めて、そうねと頷いた。
「初めて養護施設で悠太を見つけたとき、目を奪われたわよね。絶対私たちからじゃ、あの子は生まれないって」
くすくす笑いながら、母は平気な顔して俺の地雷を踏む。
でもそれが、嬉しくもあった。
こんな話を聞いたのは、初めてだったから。
「松田屋を継いでくれたら、それは嬉しいよ。だけど別に囚われなくていい。松田屋がなくなったって、呉服屋なんて京都だけでもごまんとあるからなぁ」
やめてください、なんて母は父を軽く叩いた。
「昔からお前は考えすぎなところがあるからな。左利きだって直す必要ないって言ったのになぁ」
「そうそう。それなのに必死に、箸も鉛筆も右手で持つ練習してたわね~」
― あぁ、今までの俺ってなんだったんだろう。
左利きをやめたのは、父も母も右利きだったから。
それが血が繋がっていないことの証明のような気がして、俺は右手を使えるようにしたんだ。
今までずっと、何者かわからない自分に怯えていたのに、里香は一言でそれを肯定してくれちゃうし。
もう親子じゃいられないと思っていたのに、父も母もあっけらかんと俺を許してくれて。
「ふっ」
可笑しくってついニヤニヤしてしまうと、父と母は口を揃えて「やめなさい」と言った。
あまりに気味が悪かったのだろう。
「…ありがとう」
俺は、頭を下げてしばらくそのまま、顔を上げることができなかった。

