「でも、ねぇ。着付け講師しながら呉服屋やったっていいじゃない。両立できるわよ」
母はそう言ったが、俺には着物を売るというのが、どうも性に合わない。
言い方は悪いが、着物は“売る”というよりも、“売りつける”という売り方に近いから。
母もそうだ。
「…着付け講師を続けたいなら、続ければいい。元々この店は、俺の代で終わりだと一度覚悟したんだから」
俺にではなく、母をなだめるように父は言った。
「それはそうだけど…」
「まだ悠太の話には、続きがあるんじゃないか?全然顔がすっきりしてないぞ」
今ではすっかり真っ白になった顎鬚をさすりながら、父は俺の心を見透かした。
昔から父には隠し事なんて、1つだって通用したことがない。
裏庭で内緒でうさぎを飼っていたときもそうだった。
「正月に母さんに聞かれたけど。特別な人がいるから…お見合いもできない」
もうさすがに怖かった。
今俺が言ったことはすべて、父と母の望んでいたことのはずだ。
それらすべてができないなんて、勘当されても仕方ない。
「まぁ!」
しかし母は予想に反して、満面の笑みで手を叩いた。
「よかったわ~私てっきり…こっちなのかなって…」
「なんでだよ」
オネェポーズをした母には、思わずそう突っ込んでいた。
なんでそうなるんだ。
父まで大笑いしている。
「だって、一度も彼女なんて連れてきたことないし。おかしいじゃない、こんなにかっこいいのに」
「まぁまぁ、それは置いておいて。お見合いなんてしなくていいんだよ、悠太」
「え?」
父はお茶菓子に手を付けてから、「囚われすぎだ」と言った。

