レフティ


新幹線の中、俺は何度も何度も、今日言うべきことを頭で繰り返していた。

俺には特別な人がいるということ。
着付け講師を続けたいこと。
そして、松田屋を継ぐつもりはないということ。

最後のが一番の難関だ。

いつも実家へ帰るときは、着物を着ていくことにしているが、今日はそれも破った。
少し反抗的に見えるだろうか。

これまで、血の繋がらない自分を育ててくれたこと。
それだけは感謝してもしきれない。
ただどうしても、俺は山辺家には馴染めなかった。
ここへきたのが小学生の頃だった、というのもあるのかもしれない。
もっと小さければ。もう少し違っただろう。

「いやだわ、なんだか嫌な予感しかしない」

玄関を開けてすぐに、母はぶるっと身震いしてみせた。
俺がスーツなんて着て行ったからだろう。

「父さんもいるよね?」

「いますいます。大事な話なんて言われたからね~」

母は台所でお茶を点てながら、買ってきたお茶菓子をそこに出すよう指示した。
それをしている最中に、父が2階の書斎から降りてくる足音が聞こえる。

「いやだなぁ。なんだかいい話じゃなさそうだ」

困ったように目を細めた父。
いい話じゃないというのは事実で、俺は何も言えない。

テーブルに3人で座り、俺が口火を切ろうとするたびに、母がどうでもいい話題を提供してきた。
それを見かねた父が、「それで?」と助け船を出してくれる。

「……俺がここに連れてきてもらった理由は、ちゃんと理解してる。けど、どうしても、着付け講師をやめたくないんだ」

里香だけじゃない。
今まで着物に触れたこともない生徒さんたちが、見る見る1人で着れるようになっていって、しまいには人に着せるコースまで受講してくれたりして。
そういうのに、やりがい、みたいなものを感じていたんだ。

俺でも誰かの力になれる。必要とされてる。
そう実感できる瞬間でもあった。

「そうか」

父は昔から怒鳴ったりはしない。
今も例のごとく、そう一言呟くだけだった。