「そこじゃないって何よ」
「俺、人の子じゃないかもしんないじゃん。いいの?人殺しの息子かもよ?」
おどけたように言ったけど、きっとそれは彼の本音だった。
ずっと彼はそう思い続けて、今日まで生きてきたのだろう。
ほんと、ばかみたい。
そんなこと、私も、鎧塚さんも、きっと美沙だって。
思うわけがないのに。
「…人殺しの息子でも、悠太は人殺さないでしょ。だからいいよ」
今度は私が、彼の左手を握った。
そのときに見せた彼の表情は、あの日トンデミーナに乗ったときの彼よりも、ずっと情けなくて。
それがあまりに愛おしかった。
あとどれくらい、彼と一緒に過ごせるのだろう。わからないけど。
もう1分1秒も無駄にしたくない。
できればずっと。ずっと一緒にいたい。
「ほんと敵わないわ」
そう言って、さっきの車の中でされたキスよりも、ずっとずっと優しいキスがされて。
彼は、じっと私を見つめた。それはいつもより長く感じて、次第に心が騒ぎ出す。
「…え、なに…?」
「もう里香のこと、手放せないから」
「は…!?」
「週末、話つけてくる」
そう言って彼は、スマートフォンをポケットから取り出し、なにやらメッセージを打っているようだった。

