沸々と込み上げるのは、怒りばかりで。
私の名前を呼んでくれたあの瞬間、一瞬でも嬉しくなってしまった自分が哀れだった。

「…降ろして」

「なんで?」

「一緒にいたくないから」

きっとこの車は、彼の家へと向かっている。
そうして部屋に連れ込まれたら最後、私は彼に絆されて。
菊池さんとのことや、この1ヶ月会えなかったことなんてのは、うやむやにされるのが目に見えている。

「やだよ」

「私もやだ」

「…絶対やだ」

そう呟いたかと思えば、彼は止まれたであろう黄色信号を無視して進んだ。
人から借りた車だというのに、危なっかしくて見ていられない。

そしてこんなときに限って、信号は彼の味方をした。
その後一度も停まることなく、車は彼の家の前で停車する。

「着いたよ」

「降りたくない」

「さっきは降りたいって言ったくせに」

また馬鹿にしたように口元を緩めて。
ほんと、腹が立つ。

「大体おかしいじゃん。なんで何も言わないの?そのくせ自分は私のこと責めるような言い方するし。意味わかんないよ」

「わかったから。部屋で話そう」

まるで私がわがまま言っているみたいに。
彼は眉を下げて、なだめるように私の右腕を掴んだ。

「触らないで」

もう止まらなかった。
終わりたくないのに。また楽しかった頃の彼と私に戻りたいのに。
心はどうしても、彼とあの元カレの姿を重ねたがる。

未だ離されない右腕が、彼とアイツの違いだということには、なぜか気付かずに。

「他の人にも、そうやって触ったんでしょ。そんな手ちっとも嬉しくない」

「里香」

「やだ、名前も呼ばないで」

この頑固者め。