「乗って。剣士から借りたんだ」
「え…なんで?」
「ちゃんと話したいから」
話すって、何を?
どうして別れ話とわかっていて、車に乗らなければならない?
そもそもなぜこの時間に、わざわざここまで迎えにきてくれたの?
彼の行動と言葉は一貫性がない。
だから余計に混乱を招く。
そんな風にぐるぐる考えて立ちすくむ私の左手は、彼の大きな左手に包まれた。
たぶん今日も彼の手は冷たいけれど、同じくらい自分の手も冷たくて。
「ほら、寒いでしょ」
だからそんな彼の言葉に、安易に乗せられてしまった。
車内では、終始無言。
音楽もラジオも何もついていない。
時折どちらともなく鼻をすする音以外は、何もない空間だった。
信号で車が停まると、とうとうエンジン音すら聞こえなくなって。
無音って、こんなにも居心地が悪かったっけ。
「……髪、洗ったの?」
彼も言葉を発していなかったからだろう。
出だしの言葉は、今にも消えそうに小さな声だった。
「うん。寝ようと思ってたから、化粧まで落としちゃって」
「誰と?」
至って普通の質問だ。それなのにその声は、今までに聞いたこともないような声で。
瞬間的に、“怖い”と思った。
「別に…誰でもいいじゃん」
しかしこんなところでも、私の減らず口は健在。
ついさっき菊池さんとホテルを出てきた彼に、なぜ私が問い詰められるのだ。
問い詰めたいのは、こっちの方なんだから。
「あっそ」
そうしてふて腐れた彼の態度には、まったく納得がいかない。
そもそも謝られるのかと思ったら、それすらないのだ。
それでいてその態度。
おかしいんじゃないか?

