数秒の感覚を経て、
ようやく社長の口が開かれる。



「へぇ…。

つまり、覗いてたんだ?

いい趣味してる。」



軽蔑するかのように
私に向かって吐き出された言葉たち。


それを否定するように、
私はブンブンと頭を左右に振って言った。


「ち、違います!!私は…忘れ物を取りに…!」

「忘れ物って?」


テンポよく聞かれた質問に
今度は私の口が行き詰まる。


「…それは………っ」



「まぁ、いいさ。とにかく勘違いすんなよ。」

あっけらかんと、社長が言った。


「…はい?」


「あいつとは別に付き合ってない。」


「え………そうなんですか?」


「つーか、眼中にもない。
今の今まで忘れてた。」


…だから…
無言だったのか…。


「え?じゃあ、なんでキスしたんですか?」


「だってあの人、俺のことが好きって言うから。」


「はぁ!?社長は自分が好きでもない女の人にもそういう事ができちゃうんですか?」


「まぁ、うん。キスくらいなら。海外じゃ挨拶だし。もう大人だし。」


「…ここ、日本なんですけど。」


「キスしたからって、絶対に付き合わなきゃいないってわけでもないだろ。」


「何言ってるんですか?それじゃあ…矢澤さんの気持ちはどうなるんですか?」


「んなもん、どうでもいい。」


「女の子の気持ち踏みにじって楽しいですか?
向こうは本気であなたに告白してるんですよ!?」


「俺にも女が本気かどうかくらい分かる。
でもあいつは本気じゃなかったよ。」


「そんなの…、告白してる本人にしか分かりませんよ!」


「分かるよ。あいつは俺を見た目と地位と収入でしか見ていない。ろくに関わったこともない奴が言い寄ってくるなんて、薄気味悪いんだよ。」


「それなら、キスなんてしなきゃ良かったじゃないですか!」