10月28日。


藍川伊織が秘書を勤める、最後の日…。


俺は初めて藍川から誘われて、
大衆店の居酒屋で飲み明かした。



ゴチャゴチャと狭い店内。
カウンターに座ると隣の客との席がやけに近くて
落ち着かない。



でも、たまには
こんな賑やかな店もいいかもしれない。



なんて…

こいつと一緒だと
不思議とそう思える。


「桐山社長、今までお疲れ様でした!」


まるでどちらかが退職でもするかのように
真剣な顔して藍川が言うから、つい笑ってしまう。


「あ、ほらまた。
社長はすぐそうやって私を馬鹿にするんです。」


頬を膨らませて
可愛い顔で怒る藍川。


俺はその頬に触れたくなる気持ちを抑えて
言った。


「バカになんかしてねぇよ。
ただお前がやけに面白い顔してたから笑っただけだろ。」


…捻くれた言い方。


自分でもそう思う。



どうして、
俺はこんな言い方しかできないのだろう…。



藍川にはもっと
優しくしてやりたいのに。



「もういいですよ。
……でも、本当に…
社長室へ出勤するのは明日で最後なんだなぁ…。
って…そう思うと、寂しくて…。」


それは、どういう意味なのだろう。


…と、期待するのはもうやめた。


こいつは俺の事を嫌いなくせに、
たまにこんなふうに思わせぶりな態度をとったり、
よく分からない。


パーティーでの一件以来、
一度も眼鏡をかけていない藍川。


大きな瞳を揺るがせながら
俺に問いかける。


「桐山社長は…?寂しくないの?」



ほら、



また。



無自覚に隙を見せてくる。



こいつは自分が女だと知らないのか。



こんなやつは、
絶対に男と酒を飲まない方がいい。