「じゃーな、想太! あんまり遅くならないうちに帰れよ!」


そう言い残して同級生たちが去って行った後、想太はしばらく無言で宙を眺めていたが、やがて立ち上がって鞄を手に取った。


「……イッショに帰らないんだ」


突如後方から飛んできた声に想太が驚いて振り向くと、窓際のロッカーの上に腰まで銀髪を伸ばした細身の少女が座っていた。


「遅くならないうちにって言ってるのにね。何だか面白いヒトたち」

「……ずっとそこにいたの?」

「私、存在カン薄いから」


少女はそう言って穏やかな笑顔を浮かべた。
 

先ほどまでの妖しい雰囲気は微塵も感じさせない清らかな表情に、想太は思わず目を奪われる。


「ソレに聞いてて凄く面白いし。特に貴方が」

「ぼ、僕が?」

「でも一つ訂正するならアンドロギュノスは両性具有って意味だから、ジェノサイドやカタストロフィと並べて定義するのはちょっと変。中二病要素なんてどこにもないもの」

「意味が分からなくても、語感だけで好んで使ったりするんだよ。中二病ってそういうものだから」

「へえ……世界って広いのね。でも、一番変わってるのはダレかしら?」

「そんなこと……分かってるよ」


想太が思わず震える拳を握りしめると、銀髪の少女は不意にロッカーから降りてその拳を両手で包んだ。


「え、ちょっと……!」

「何の為に拳を作っているの? 他人を傷付けるタメ? それとも行き場のない自分を傷つけるタメ?」

「違う……そんなつもりは……」

「だったらそんなものを見せないで。私はジャンケンの時以外、誰も拳をふるわない世界を願っているから」


そう言って、こちらを覗き込む少女の瞳は真剣で、美しくて……それでいて想太と同じくらい濁っていた。


「私のせいで傷付いたならごめんなさい。私も……人と話すのは慣れてないの」


初めて――誰かが僕のことを見てくれた。


そう気づいた時には、想太は思わず口走っていた。


「僕……もしかしたら、君のこと好きかも」

「……えっ?」


途端、手を放して少女はしどろもどろになる。


「きゅ、急に何なのよ……! 貴方頭おかしいんじゃないのっ……!? やっぱり……ヘンな人……」

「ご、ごめん。つい自然に言葉が……」

「し、自然にって……!?」


少女の顔が、熟れたてのリンゴの様に染まる。


「僕……また変なことを言った? 君を傷付けたかな?」

「そ、そういうのじゃ、ないけど……ワタシ、もう帰る!」


そう言って教室の出口に向かう少女に、想太がうなだれていると……彼女はドアを開けて振り向かずに言った。


「……四之宮瑠美(しのみや るみ)」

「え?」

「私の名前。だから、君って言うのやめて。その呼び方が他人って感じがして一番キライだから」



遠ざかっていく彼女の足音が響く中……想太の顔に、数年ぶりの笑顔が浮かんだ。