「……えっ?」


その瞬間、暗闇が嘘の様に消え去り……何事もなかったかのように夜の水上を走る列車の中、想太は瑠美を抱きしめていた。


「今のは……?」

「あれはエキ。いつもならあそこで止まっちゃうけど、でももうこの列車は止まらないから大丈夫」


小さな体から伝わる温かい感触と共に、瑠美が囁く。


「じゃあ、この列車はいつまでも走り続けるの?」


その感触と声を全身で感じながら想太が尋ねると、瑠美はこう答えた。


「そうよ――だって、一度終われば二度と終わりなんて来ないでしょ?」


ああ、そうか。


一層強く彼女を抱きしめながら、想太は思った。


本気で手に入れるというのは……こういうことなのか。


「でも想太はドジでヘタレで究極のダメダメ人間。だから、私が手伝ってあげなきゃいけなくなった」

「そ、そこまで言うことないでしょ。瑠美だって僕がいなければ寂しいくせに!」

「そ、そんなことないわよ! 私をコドモ扱いしてるの?」

「まだ高校生じゃないか!」

「想太君だってそうじゃない!」


二人は睨み合い……そしてプッと同時に吹き出す。


「僕たちここまで来て何やってんだろう」

「ホント……これじゃまるで、普通の人間みたい」

「ううん、普通だよ。僕たち二人にとっては」

「そうね……もしかしたら他の人がみんな異常で、私たちが普通だったのかも」


二人はしばらく、互いの存在を確認するかのように見つめ合った。


そのまま数十秒…いや、もしかしたら数時間だろうか。
 

ゆっくりと穏やかな時が流れて――不意に彼女の唇が動いた。


「でも――ごめん。やっぱり、ずっとイッショにはいられないみたい」

「え……どういうこと?」


振り向くと、水面を走る線路の向こうに次の駅が見えた。


でも、もうこの列車はずっと止まらないはず……そう言いかけた時、駅のホームにある看板に書かれた文字が想太の目に飛び込んできた。


【終点】


「ここは想太の終点。この列車は想太だけを降ろして、私と一緒にまた次の駅に向か
う。……だからもう、オワカレなの」


そう告げる瑠美の声は、微かに震えていた。


「嘘だろ……じゃあもう、瑠美には二度と会えないってことなの!?」


取り乱した想太が肩を掴んで問い詰めると、彼女は言った。


「ううん。また戻ってくる方法はあるよ。それはもう、知ってるでしょ?」

「そ、そうだよね! それならまた――」

「でも、もう来ちゃダメ」


そして、瑠美は想太の胸を強く押して引き離した。


終点はもう、すぐそこまで迫っている。


「どうして!? 瑠美は僕のことが嫌いなの!? 今までのことは全部、僕を弄んでたのか!?」

「違うよ。私だってまた想太に会いたい……でもね」
 

そう言って、世界中の誰よりも弱虫な少女は、精いっぱいの明るい笑顔を浮かべた。


「やっぱり、こんなやり方は間違ってるから」


そして再び暗闇に包まれた瞬間、彼女の最後の一言が静かに砕け散った。



「ごめんね想太。最後までワガママに付き合わせて……私はとっても、幸せだったよ」