柊想太(ひいらぎ そうた)は、つり革も広告もない殺風景な列車の中に立っていた。


鉄の箱の中から外の景色を見やると、青い水面に列車の影が揺らめている。どうやら、水面から突き出た支柱に支えられた線路の上を疾走しているようだ。


日光を受けて鏡の様に煌く水面の遥か向こうには街が見える。
高層ビルやタワーマンションなどどれも巨大な建築物ばかりなのに、それらはあっという間に右から左へと流れて見えなくなっていく。


日が落ちるのもやけに早い。
数秒前までは頭上に合った太陽が、今ではもう三時の方向に浮いている。
日没まであと僅かだろう。


そんな彼の視点が電車内に戻ると、そこで初めて他にも乗客がいたことに気付いた。


車両の一番端、三人用の座席の壁際で座っているその少女は息を飲むほどに美しかった。


窓越しに見える淡い空や水面に溶けてしまいそうな精彩な銀髪。


サフィアを散りばめた大きな瞳。


華奢な肩を揺らして少女はこちらを見ると、ゆっくりと座席から立って静かに笑った。


「瑠美……」


想太は掠れた声で呟くと同時に、空が黄昏の朱に染まった。


日はあっという間に地平線へと吸い込まれ、代わりに夜の帳と瑠璃色の月明りが辺りを照らし始める。


「瑠美!」


想太は彼女の名を呼んで走り出した。


少女は答えるでもなく、歩み寄るでもなく、ただ微笑んだまま想太を待っている。


想太が車両の中間を超えると、彼女は白皙した細い手をこちらへ伸ばした。


やっと、彼女に触れることができる――


想太を歓喜が包み込んだその時、少女の顔から笑顔が崩れ落ちた。


「また、ダメだったね」


何が、ダメなんだろう?


「想太はどこのセカイにいても、何も出来ないヒト」


そんなことない……! 僕はもう、君のすぐそばまで来てるのに――


そう言い返そうとした、その時……


「バイバイ。もう、着いちゃった」


少女が寂しそうに呟くと同時に、列車は夜の帳よりもずっと濃い暗闇に包まれた。


一筋の月明かりすら差さないその空間では、当然少女の姿は見えない。


彼女に触れることも。もう二度とその笑顔を見ることすら――



暗闇に残ったのは、少年の狂気に満ちた号哭だけだった。