彼氏がいなくなった


「颯太…颯太!」


 今日は朝から調子が良かったし、散歩にまで行くとかいってたから平気だと思ってた。が、過信しすぎだったらしい。帰宅するなりヒステリーを起こす母を見て、俺は立ち上がり、多香は目を丸くする。


「どったの」

「母親。なに、母さん」

「薬が…薬がなくなったの」

「薬なら朝飲んでたじゃん」

「あいつにまた盗まれたのかも」

「誰も盗んでなんかないって」


 ああでもないこうでもない。そんなやりとりがあってから、母は奥に座っていた多香に一瞥をくれるとそれきり隣の和室に入り襖を閉めた。
 …薬の効果はあるのだろうか。前進はしているのだろうか。脳裏を過る一抹の不安はそれでも悟られないように目だけで母親を追うと、足取りはクッションを抱き締めたままのそいつの所へと赴く。


「おかえり」

「ただいま」

「帰ったほうが?」

「いやいい。てかむしろいて」

「ラジャ」

 クッションを抱き締めた多香の、間の抜けた返事と気の抜けた敬礼。それにワンテンポ遅れて敬礼で返すも、隣から何かをぶつぶつと呟く声がしたときは、なんでだろうな。ここは天竺のはずなのに。

「やっぱ外行こ、多香」

 俺はここから逃げ出したくなった。