彼氏がいなくなった


 口と口を合わせるその行為は犬でいう自分の縄張りに小便を垂らすようなそれと同じで、唾液を交わらせることでマーキングしているのだとか、聞いたことがある。

 フレンチだろうがディープだろうが性交だろうが知ったこっちゃない。目を合わしてただそばにいるだけ。それっぽっちだって自分の中じゃ愛情表現の絶頂に値する。ランク付けする必要なんかない。誰かが自分がそうだと思っていれば他の何かに口出しされる筋合いはない。

 …と、思う。


(多香がどう思ってるかはさておき)


 家に向かう道すがら。ぼんやり考える俺の隣でへきち、と耳慣れないくしゃみに学ランのポケットからティッシュを出す。
 お金を入れた自販機が自分の欲した商品を吐き出し、それを当然のように受け取るのと同じで、多香は俺が差し出したティッシュを受け取るとちーんと鼻をかんだ。

「鼻水とうめい」

「言わなくていい」

「黄色かったら風邪って言うじゃん、セーフだな」

「鼻水見せながら言ってくる多香は既にアウトだけどな」

 人がどうこう考えてる隣でこの女は自分の鼻水のことしか考えてなさそうだ。

 初めこそ駅前のティッシュを消化するためにしてきたティッシュアシストも、こいつを彼女って呼んだその日からわざわざ水に流せるやわらかいティッシュにしてるとか、こいつは知らないんだろうな。