「なあ、先生」

額に触れる大きな手を、離さないでと軽く触れた。


「俺はもし大人になれたら、次郎先生みたいになりたいって思うんだ。手も、こんな風に大きく」

「空……」

「でも俺はそんな風になれないから。だからどうせ大人になれないなら今死んだって同じなんじゃないかな、とか考えたりもして」

嫉妬でも卑屈な気持ちでもなく、ただ純粋に思うんだ。もしも俺が大人になれるのなら、次郎先生みたいな男になりたいと。だけどそれは無理なんだって思い出す度に胸が苦しくなった。

「結果うまく死ねなくて、だからと言ってながく生きることも出来なくて。じゃあ俺は、残された時間をどう生きたらいいんだろうってずっと答えを探してた」

思えば俺はずっと地面に足がついていないような感覚でいた。せっかく次郎先生が俺を悪夢から救い出してくれたのに、辿り着いたこの場所で、何を目標に、どう生きていたらいいのかが分からなくて。あの蝶……ティンクみたいにふわふわ、よたよたと、彷徨って。

「でも今までどうして生きていたのかは、なんとなく分かるんだ」

運命か偶然かは分からないけれど。迷い込んだこの世界で、ちゃんと、巡り合わせてくれた。


「先生、俺きっとずっと、ふうと出会いたかったんだ」


ここへ来てからの4年間。生まれてからの13年間。ずっとずっと何かを探して彷徨っていたというならば、きっとそれは彼女だった。

次郎先生はすっと目を細めて笑い、ごつごつとした硬い指先で、俺の頬を撫でる。


「それでお前は、これからどうしたいんだ?」


好きなようにしろ、と突き放すように付け足しておきながら、きっとこの硬い手は、俺がここで何を望んでも、最後まで面倒を見てくれる気なのだろう。例えば、歌手になりたいとか言えば、なにからなにまで全面的にサポートしてくるだろうし、宇宙旅行に行きたいと言えば必死でその方法を探すだろう。

だからこそ俺も打ち明けられるんだ、この人になら。


「俺、幸せになりたいんだ」


残された時間を。ふわふわ生きてきた今までの分も。

取り返しのつかないことをしたけれど。母さんを泣かせてしまったけれど。身体は不自由だけれど。

それでも、許されるというなら。


先生は微笑んだ。満足そうに大きく笑った。先生は、少し潤んだその瞳は、きっとこの5年間ずっと俺のこの言葉を待っていたんだ。