もうすぐこのカフェの歴史に幕が閉じる。歴史といってもとても短く、歴史とは言えないのかもしれない。
閉店時間になる頃には、もう店内には誰もいなかった。最後の時を私はただ独りで待ち続けている。
カラン、コロン。
ベルの音に顔を上げると、零くんが「こんばんは」と言いながら入ってきた。
「ごめんね。閉店ギリギリなのに……。すぐ出て行くから……」
そう言う彼の手を、私はとっさに掴んでいた。私は俯いていて、彼の顔は見えない。でも彼の顔が驚いているのは確かだ。
「……独りは嫌なの……」
消えていきそうな声で、私は言った。
「お願い……。一緒にいて……」
ポンと頭に手が置かれる。何年ぶりにもなる人の温もりに、胸に温かいものが流れた。
コーヒーに砂糖がまた注がれて、苦いだけだったものが微糖になった気がする。少しずつ、少しずつ、零くんと再会して何かを取り戻しているような気がした。
「もちろん、そばにいるよ」
顔を上げると、零くんは微笑んでいた。


