夢の中で、これは夢だと気付くのは稀なことらしい。
これは夢だと認識すると、視界に広がる全てのものがとても軽々しく思えた。何をしても構わないという安心感が脳味噌をどろどろに溶かして思考をにぶらせる。それでも夢と気付けたのは、その登場人物が父親だったからだ。
季節は夏。彼は身体のわりに小さな扇風機の前に陣取って、テレビを眺めていた。不機嫌さを隠しもしないで頭をかきながら、観たくもないであろうバラエティー番組に舌打ちをしている。その様子を、私はテーブルからただ眺めていた。身動きせずに、息をひそめて。どんな行動が父親の気に障るかなんてわからない。私は確かな怯えと、そう感じる自分への苛立ちを濾過するように、コップに注がれた麦茶を飲んだ。味はしない。夢なのだから当たり前だ。
「ねぇ、」
父親が声を発する。それだけで私の背筋は薄く粟立つ。次に何を言われるか。罵詈雑言か、軽口か。それを予測する術を持ち合わせていない私は、感情を落とすことで傷付かないための予防線を張る。
「何で父さんはここにいるんだろうね?」
答えを求めていないことは明確だった。父親は私を見ていない。作り物めいた笑い声が、テレビからやけに大きく響いている。
「誰にも感謝されないのに、こんなに遅くまで働くのは何でかな?おかえり、仕事お疲れ様もないのにね?」
父親におかえりと言うのは私だけだった。母も、姉も、父親を空気のように扱う。それは父親も同じで、だからそれを言われると、頭の柔らかい部分をえぐられたような不快さが込み上げてくる。そうなったのは父親の自業自得だ。けれど彼は自分を決して否定しない。否定するのは、いつだって私達だ。
「やってられっかよ!!」
唐突に声を荒げ、父親が扇風機を蹴りつけた。横に倒れたそれはコンセントが外れ、静かに仕事を停止させる。恐怖で全身が固まり、私はテーブルを凝視した。父親を見れない。見たら、何を言われるかわからない。
私は父親が怖い、憎い、嫌い、でも可哀想、哀れ。誰からも肯定されないその存在が煩わしい。私はどうしてあげればいいのだろう。自尊心をかなぐり捨てて、従順にご機嫌を取ればいいのか?
きっと違う。父親はそれを望んでいない。ただ思い通りにならないと気がすまなくて、その自己中心的さ横暴さ故、周りから距離を置かれ、孤立した。私が救ってあげるべきだったのか?私が一人の希望だったのか?
私が、生まれなければよかったのか?

繰り返される悪夢の中で、私が私に問いかける。
その問いかけに答えたことは、私はあの日から一度だってない。