「先輩?」
 何も言わずに黙っている私に、桃子ちゃんは怪訝そうに顔をのぞき込んだ。

 私は震えそうになる声をなんとか抑えて、紙に書かれている内容を読み上げる。
「こ、……恋人はいますか」
 でも、声が小さすぎたのか、
「森本さーん、聞こえないよ」
 奥のテーブルから声が飛んできた。

 うう、席といい、質問といい、タイミングが悪すぎる! なんでよりによってこんな質問を引いてしまうんだろう。

「……こ、恋人はいますか!」

 もう一度はっきりと言うと、賑やかだった一瞬、場が静まりかえった。

 環が答えるのか答えないのか、皆好奇の眼差しを環に向けている空気感が伝わってくる。なんとか笑顔を繕っていた環も、急に真顔になって黙り込んでしまった。

 次第に微妙な空気に包まれ始めたのを察した桃子ちゃんが焦って何か言葉を発しかけた瞬間、環は、

「恋人は、いません」

 とはっきり言った。

シーンとした場が、一気に「おおっ」という声に包まれる。

「事務の子、狙い目だぞ!」
「ついでに好きなタイプも教えてくれ!」
 なんて、ベテラン社員さんたちが茶々を入れてきた。

 でも環はその質問には答えず、

「恋人はいませんが、好きな人は居ます」

 と真剣な表情で付け加えた。しかも、私の瞳をじっと見据えながら。

「なんだなんだ、片思いか?」
「はい。私の小学生の頃の幼なじみです」

 はっきりとした口調でそう言われて、私の鼓動は急速に早まっていった。

「いいぞいいぞ、もっと詳しく聞かせてくれ!」
「いや、これは二次会でじっくり聞くしか無い!」

 茶々がヒートアップするなか、私の頭の中はあの日の言葉が何度も何度も頭の中でリピート再生された。抱き締められた温もりも、環の息づかいも、急に蘇ってくる。

 ――ずっと会いたかった。
 ――俺と付き合ってくれ、梓。 
 
 あの言葉は嘘じゃなかったの? 本当に、私なんかを想ってくれていたの?
 それじゃあ、あの二週間の淡々とした環は一体?