ビーサイド


そして涼くんは、私に声をかけたのも若菜さんにそっくりだったからだと言った。

「話してみたら全然違ったけど。だから余計に申し訳ないってずっと思ってた。朱音さんは本当は、俺みたいな中途半端なやつと一緒にいるような人じゃないもん」

そんなことを言いながら、苦しいくらいにきつく抱き締めるのはなぜ?
こんなの、ずるい。

「若菜に会ったのは偶然。あいつ結婚して大阪に行ったって聞いてたんだけど、この前大阪で再会したら、もう離婚してて」

大阪。私の頭にはあの通天閣の写真が浮かんだ。
あのときすでに、彼は若菜さんに再会していたんだ。

「で、東京に帰ってライブハウスでもう1回働きたいって言うから、家見つかるまで居候させてた。あいつ親も亡くなってるし独りだからほっとけなかったんだ」

だから私には連絡できなかった、と彼は言った。

オフタイマーをセットしていたテレビが消え、部屋には時計の秒針を刻む音だけが小さく響く。
もうこのまま眠ってしまおうか。そう思ったときだ。

「俺も朱音さんのこと好きだよ」

「え?」

信じられない言葉に思わず声が漏れたが、おそらく彼の言葉には続きがあった。
恋愛ドキュメンタリー番組の告白シーンみたいに。

「だけど」

ほらね。

「若菜に重ねてるだけかもしれない。それに、俺はまだ朱音さんの将来に責任持てないから…ごめんね」

「それでもいいって言っても、…だめなの?」

こんなすがりつくみたいな言い方、かっこわるい。
年上の威厳なんて、これっぽっちも残っていなかった。

また時計の秒針しか聞こえなくなった部屋で、ガサっと布団の擦れる音がすると同時に私は彼に見下ろされた。
暗闇でよく見えない彼の瞳をじっと見つめる。彼の頬に触れる。彼の唇の感触を確かめる。

彼とのキスの音がこの部屋に響くのは、きっとこれが最後。

「朱音さん。振り回してばっかでごめんね」

熱を帯びたその声で呼ばれるのも、これが最後。

胸がぎゅっと締め付けられて苦しい。だけど、最後だから伝えなきゃいけない。

「涼くんのおかげで幸せだった」

こんなこと、洋介にだって言ったことはなかったように思う。
自分にしては随分と乙女チックな言葉だったが、涼くんが今までに見せたことのないような情けない顔で、俺も、と言ってくれたこと。

きっとそれは、私の生涯忘れられない思い出になった。