ビーサイド


自分の部屋の窓から漏れる明かりは、冷え切った心を瞬時に温かくした。

「ただいま」

「あ、おかえり~」

玄関を開けるとすぐに、キッチンに立つ涼くんが目に入った。
当然のように言われたおかえりは、何度言われたってひどく特別に聞こえてしまうから不思議だ。

「いい匂い~」

今朝のリクエスト通りに、彼はカレーをすでに作り終え、どうやら今はサラダを作ってくれていたようである。

「朱音さん鼻真っ赤」

そういってくっつけられた彼の鼻は、温かかった。

思わず、ふふと笑みがこぼれる。
幸せ。こんなの幸せ以外になにかあるのだろうか。

「癒されるなぁ」

「…じゃあ、あとでもっと癒してあげるね」

妖しく微笑んだその顔は、よからぬ想像を駆り立てた。
まったく本当に単純なアラサーである。

「手、手洗ってくる!」

洗面所の鏡に映った自分は、鼻よりもずっと頬の方が赤くなっていた。


若菜さんのこと、自分の気持ち、彼が私の連絡を無視し続けた理由。
話したいことはいくらでもあるはずなのに、私はそのどれも話せない。

彼といると、そんなことはどうでもよくなってしまうのだ。
それじゃあ前と同じだとわかっていても、私が何より嫌なのは彼と離れることだと気付いてしまった今、私にはこのグレーな関係を続けていく以外の選択肢を選ぶことは難しかった。