ビーサイド


「俺、結婚しようと思ってて」

「は!?」

蕎麦つゆが喉の変なところに入って咽かえる私を、倉田は驚きすぎだと笑う。

「待って、なんで?彼女まだ若かったよね?」

確か倉田は、3年ほど前から4つ年下の彼女と付き合っている。
記憶が正しければ、去年から同棲を始めたはずだ。
倉田は28歳、彼女は24歳、昨今の適齢期に比べたら早めに思えるし、何よりあの倉田が一家の主になるとは到底信じられなかった。

「いや正直俺もまだって思ってたんだけど。…子供できちゃって」

私の開いた口は塞がらない。

「子供…授かり婚ってやつ……」

「だから俺も転職断念したわ。ただでさえ向こうの両親怒ってんのにやばいっしょ」

倉田は出会った頃から、かなり女遊びの激しい男であった。
見た目は決してチャラい風ではないが、営業ということもあってか、とにかく口が上手い。

そしてその昔、まだ私たちが20代前半だった頃には、会社の飲み会帰りには決まって奴に口説かれ、私もまた、酔うと普段かけている黒縁メガネを外す仕草がまんざらでもなかったなんて頃もあった。
そして今では、まごうことなく仕事においては一番の相談相手。

そんな倉田が。苦楽をともにしてきた彼が。結婚。

「……うらやましすぎる…」

口を突いて出た本音は、倉田にも届いていた。