壁に押し付けられた手首はじんじんと痛み、彼の細い身体からは想像もできない強い力に身動きが取れない。
さっきまで見上げられていたのに、あっという間にその綺麗な顔に見下されると簡単に私の心臓は音をあげた。

「朱音さんだって元カレとしてんでしょ?」

もうすぐそこに彼の唇があるのに、決して彼はそれを合わせずに言う。
ただ白い息だけが頬に触れた。

「してるわけないでしょ…一緒にしないでよ」

この強がりな性格は、まだ彼に見せたことがなかったように思う。

きっと、泣いたら彼は優しくしてくれる。
わかっているのに、私の瞳は冬の空気のせいなのかカラカラに乾ききっていた。

「今日可愛くないね」

私のその瞳をじっと見つめて、彼は言う。
彼のその瞳は、私が一番好きで一番苦手な部分だ。

「…手痛いから放して」

「ねえ。じゃあなんで俺とはするのか教えてよ」

私の言葉に耳も貸さずに、彼はそのまま何度もついばむようなキスをした。

久しぶりのその感触に、建前上わずかに抵抗しながらも、どうしたって幸せを隠しきれない。
ただ、このキスは私だけのものじゃないということだけが、呼吸を妨げる。

「はぁ、やっと泣いた」

その彼の言葉とともに、押さえつけられていた手首は解放された。

「…ほんと…性格わる…」

「もう逃げられるよね」

そう言って近づいてくる彼の唇に、逃げる理由なんてあるわけもなかった。


絶え間なく漏れる白い息は、もうどちらのものかなんてわからない。
ただずっと、ただひたすら、私は彼の唇を受け入れ続けた。


「俺だって誰とでもするわけじゃないよ」


本当に彼はいつだってずるい。

私はそんな彼に、いつだって勝てない。