ビーサイド


「よかったね、彼氏出来たんだ」

久々に聞いた涼くんの声。
ただ、目の前に立つ彼の目は冷たい。

「彼氏じゃないって。慎太郎さんにもそう言ったよ」

「そうそう。高校の先輩らしいよ」

理久が補足してくれたが、それが一番良くなかった。

勘のいい涼くんはたぶん察しただろう。
呆れたように軽く笑って、洋介の顔を見ていた。

「朱音がお世話になってます」

洋介は営業モード全開で、涼くんに余計な挨拶をする。

― もう帰りたい。最悪だ。

「12年の人?」

涼くんは冷たく私に聞く。
初めて聞いたそんな声に声も出ず、ただ頷いた。


「ちゃんと今度は責任取れるんすか?」


嘘みたいな涼くんの言葉に、私の喉の奥はかっと熱くなる。

本当に私の言った意味を、彼は理解してくれていたようだ。

もちろん友達としてだとわかっている。
わかっているが、わずかでも私を心配してくれているかのような態度に嬉しさが込み上げた。

「この子、なんか俺らに関係あるの?」

しかし、もう完全に火がついてしまっている洋介の威圧的な発言は、的を得ていた。
関係があるのか、その問いには答えられない。

「ね、もう行こう。ごめんね、ライブお疲れさま」

口早に涼くんにそう言って、私は洋介の腕を引いた。
洋介は納得いかないといった顔で、私を見る。

「随分年下なんじゃねーの」

さっきまでの紳士的な洋介はどこかへ行ってしまって、慣れ親しんだいつもの洋介がそこにはいた。

「別にそういうんじゃない」

「絶対嘘。こっち見て言ってみ」

腕を掴んでいた私の手を引き寄せ、洋介はまっすぐに私を見た。

「あの人じゃないから」

言えといったくせに、私の言葉には耳も貸さず、洋介は言う。

「俺は結婚したいって思ってる。だから家もあのままでいいって言ったんだよ」

彼は12年の間に一度も出さなかった結婚という2文字を出して、私を釣ろうとしていた。


― なにこのカオスな状況。

それは何一つ答えを出せていない自分が招いた状況だが、結婚結婚って、なんのためにしたいのか自分でもわからなかった。

涼くんに対する好き、と洋介に対する好き、は違うのだ。
その上、涼くんに対する好きは決して報われることはない。

頭ではわかっている。理性は絶対に洋介にしろと言っている。

でも納得できない想いがあるのも、また確かで。

目の前に頬を染めた洋介がいる。
念願のプロポーズまがいのこともされた。

それなのに脳裏に浮かぶのは、さっきの冷たい目をした涼くんなのだ。