「ごちそうさま」
会計を済ませてくれた洋介にお礼を言う。
「いいえー。相変わらずうまかったな」
そう言いながら少しだけネクタイを緩める仕草が、胸を締め付ける。
この仕草にドキドキしていたあの頃を思い出してしまった。
「さむー」
店内の暖かさから一変、外はすっかり冷え込んでマフラーを忘れた私はすっと酔いが醒めていくのを感じた。
それはただの独り言だったのだが、その言葉に、まさかあの洋介が私の肩を抱き寄せてくる。
付き合っていた頃から、外でベタベタしたくないが口癖だった奴が。
「ちょっと。大丈夫だから」
見上げた横顔は、やっぱり赤くなっていて。
ただ、耳まで赤いのはお酒のせいじゃないとわかってしまう自分が嫌だった。
「…だめ、やっぱ恥ずかしいわ」
1分ともたずにぱっとその手を放した洋介に、悔しいがこの胸は高鳴っていた。
― なんなのこれ。気持ち悪い。
こんなの私たちじゃないみたいだ。
そんな気持ちを抱えながら歩いていると、前方に若者たちの人だかりが見えた。
そしてそれは、さらに私の鼓動を速める。
見るからに、バンドマンとそれに群がる女の子たち。
こんなところにライブハウスがあったなんて、幾度となく通った道だが初めて知った。
だからといって、バンドマンは涼くんたちだけじゃない。
そもそも京都に行くと理久も言っていたじゃないか。
そんな立て続けにライブなんてやらないだろう。
私はその集団に近づくにつれて、念のため絶対にそちらを見ないように意識した。
が、声がするのだ。
「朱音ちゃん!朱音ちゃん!」
「朱音ー!」
聞き覚えのあるこの声たち。
「なんか呼ばれてない?」
洋介にも気付かれ、恐る恐る声の方を見やる。
「やっぱそうだ!」
満面の笑みを浮かべた理久。
かけよってくる慎太郎さん。
そしてその奥に見えた涼くんと目が合う。
ふらふらした私が招いた最悪の状況であった。

