ビーサイド


金曜日。
いつも通り1週間をやり過ごしたその日の夕刻、洋介から連絡が入った。

“今日、イタリアン行かない?”

付き合っていた頃から、洋介のデートの誘いは大体このパターンだ。
前日に言ってくれていたら、何度そう思ったことか。

涼くんとの関係に逃げ腰モードの私は、つい洋介のその誘いに乗ってしまった。
考えもまとまっていないのに、心底自分の意志の弱さには呆れる。

簡単にメイクを直して、待ち合わせの渋谷駅で降りると、やっぱり私はすぐに洋介を見つけた。

「お疲れさま」

「おう。今日仕事早く片付いたからさ」

久しぶりに見たスーツ姿の洋介は、正直に言ってかっこいい。
スーツマジックとでも言うべきだろうか。

ただ、それに胸がときめくかといったら、答えはノーなのだが。

駅周辺の喧騒を抜け、スペイン坂を上っていると、もう今日行くところがわかってしまった。

「え、今日給料日だっけ?」

「今日は特別。もうすぐボーナスだし」

そういって白い歯を見せた洋介。

彼が予約してくれていたお店は、またも私たちの思い出のレストランだった。
洋介の給料日には必ず来ていた、白を基調とした落ち着いた雰囲気のイタリアン。
とはいえ、洋介の仕事が立て込んでいた今年の夏は一度も来ていなかった。

「…懐かし」

思わず漏れた言葉に、はっとした。

「最近連れてこられなくてごめんな」

― 嫌だ嫌だ。
どうして思い出ってやつは、こうも人の心を縛り付けるのだろう。

私は洋介の言葉に、他の子とは来てたんでしょと少しからかってみると、洋介は嘘が下手だから、

「ここにはまじで来てない!」

なんて馬鹿正直に弁解する。

思わず笑ってしまうと、彼も困ったように笑って。

やっぱり洋介の隣は落ち着く。
なんの気兼ねもしなくていいというか。

そんなことを考えていたから、まさかそのお店のすぐ近くにライブハウスがあったことなんて、全く気付きもしなかったんだ。