ビーサイド


“ごめん、今日行けないです”

家に帰るなりすぐに涼くんにそうメッセージを送り、ベッドにダイブした。

まだかすかに残る、涼くんの匂い。
あのたまに香る甘い香りじゃなく、彼自身の香りはほっと心を落ち着けた。


夢のない私の唯一の夢に近いものといえば、結婚すること。

昔はそれに、“好きな人と”が付いていたが、いつの間にかその条件は消えていた。
きっと洋介に恋愛感情を抱かなくなってからだと思う。

洋介を選ぶことは簡単で、恋愛感情がないという面を除けば、一番ベストな相手である。

お互いの両親同士も仲が良いし、公認会計士であれば将来も安泰、そのうえ12年間一緒にいた気心知れた間柄、見た目も悪くない。

結婚への最短距離である。

もうそれが正解のような気がしていた。

涼くんへの気持ちも、1人で勝手に泥沼にはまっている。
これから新しい誰かを探しに行く勇気も、根性もない。

洋介とよりを戻せば、私は幸せになれるのかもしれない。

“え、なんで?”

涼くんの使う妙に可愛らしいスタンプに口元は緩んだが、もうそろそろ潮時だ。

彼には、十分に甘い思い出を作ってもらった。

中途半端な関係だったが、洋介以外の男性を知ることもできて。
しかもそれは年下のイケメンバンドマン。
将来有望なBesaidのギターボーカル。

私にしては出来すぎなほど、満喫させてもらった。

これ以上一緒にいたら、きっと私は涼くんへの想いを隠せなくなってしまう。
もうすでに張り裂けそうに、それは膨れ上がっている。

「…どうしよ…」

天井に向かって話したところで、答えが出るわけもなく。
彼の匂いに包まれながら、私は現実から逃げるように眠りについた。