ビーサイド


そのあとは一切そういった話題に触れることなく、ただお酒を飲んで他愛ない話をした。

そういうなんでもないことが、やっぱり洋介とだとしっくりくる。
涼くんといるときは、不意の彼の行動にドキドキしっぱなしだが、洋介とはもちろんそんなんじゃないから。

2時間ほどで私たちは店を出て、駅に向かって歩いていた。

「明日から仕事かーだるいな」

「ね」

こんな話ができるのだって、洋介だからだ。
涼くんには土日という概念がないから。

「まだあの会社いんの?」

「まあ、うん。家から近いし。楽だし。」

「朱音は金融の方が向いてそうなのにな」

私は高校を卒業してすぐには、大手金融機関に勤めていた。
ただ残業の多い環境が嫌で、異動を機にそこを退職。
今勤めている小さな部品メーカーの経理に転職したのだ。

洋介は昔から夢だった公認会計士になり、そんな彼からすれば私の転職は、逃げのように見えていたのだと思う。

確かに、逃げと言えば逃げだった。
もう目の前に公認会計士との結婚が見えていたから、私はそれに甘んじていたのだ。

「…今のとこもそれなりに楽しいよ」

今の仕事が自分のキャリアになっているとは、本当は思っていない。
だが、洋介の前ではどうしてもそう強がりたかった。


「次は、イタリアン行こ」

別れ際、洋介は本当に軽く私の左手の小指に触れてそう言った。

付き合っていないのだから、手は繋がない。
それが世間の当たり前であることを再認識した。

「時間が合えば」

その一瞬触れた手が逆にもどかしくて、私は断ることができなかった。

― 何してんだか。

虚しい気持ちに苛まれながら、満員の電車に乗り込んだ。