ビーサイド


「自分勝手でごめん」

呆然とする私に、洋介はたたみ掛けてくる。

「好きな子できたって言ったけど、しっくりこないんだよ。俺朱音じゃないとだめなんだ」

「いや、好きじゃないって言ったじゃん」

このままではいけないと口を挟むと、洋介は食い気味に答える。

「恋愛とは確かに違うけど、一緒にいて落ち着くのは朱音なんだよ。ずっと朱音に甘えてた。ほんと馬鹿だった。」

頭を下げた洋介に、ビールでもかけてやりたい気持ちだった。
いまさら何を言っているんだ。

それに、もう今の私はあの頃の私じゃない。
洋介だけの私ではなくなったのだ。

そんな意に反して、なぜか私の目には涙が浮かんでいた。

「…好きな人いるから」

咄嗟にそう断りをいれた。
でないと、意志の弱い私は流されてしまいそうだったから。

「でも彼氏じゃないんだよね?」

しかし珍しく洋介が引かない。


「じゃあ俺にもチャンスあるよね」

その一言で、抑えていた涙は突然に溢れだした。

聞き覚えのあるその言葉は、12年前、私が洋介に言った言葉と同じだったから。


12年前。
洋介に一目惚れしたはいいが、女子が圧倒的に多いうちの高校では、洋介に近づくことは簡単ではなかった。

それが偶然、部活中に職員室へ呼び出された洋介とすれ違う機会があったのだ。
あの頃の自分の行動力には脱帽するが、そのときに初めて私は洋介に声をかけた。

それもいきなり、連絡先教えてくださいと。

「いいけど、俺好きな子いるよ」

職員室前の廊下。
中庭から聞こえる女子生徒たちの笑い声。
初めて目が合ったそのとき、まるで一瞬時間が止まったようだった。

そのときの情景は、今でも鮮明に思い出せる。

洋介のその言葉に、あの頃の私は、彼女じゃないなら私にもチャンスありますよね、みたいなことを言った気がする。

あのときの驚いたように目を丸くして、それから困ったように笑った洋介の顔。
私たちの始まりの記憶。


「ばっかじゃないの」

その悪態が私の照れ隠しであることを、もちろん洋介はわかっていて。

「ばかだよ」

そう言って笑っていた。