ビーサイド


そのあと理久とは、バンド活動のことや仕事の話をした。
理久は、バンドをやりながら音楽教室の講師をしているらしく収入の主な部分はそれなんだそうだ。

「こう見えて音大卒だからね、俺」

少し自慢げなその表情が愛らしい。

「プロの演奏者とかそういうのは興味なかったの?」

「いやピアノをもう少しやりたい気持ちはあったけど、ライブハウスのあの熱気に勝るものはやっぱないなって思って。」

わかる!と思わず同意してしまった。
あの日Besaidのライブを見たときのことを思い出す。

「ね!そうでしょ?だからバンドで食べていきたいなぁって思ってさ。まー親には絶縁されたけど」

笑いながらそう言ったが、きっとこの道を選ぶまでに相当な苦悩があったのだろう。
音大ってすごくお金がかかると聞くし。

「…でもちょっと羨ましいな。そこまで好きなものって私昔からなくて」

羨ましい、なんてもしかしたら理久には嫌味に聞こえたかもしれなかったが、なにかを失ってまで選べるものがあるというのは、すごいことだ。

幼い頃からこれといって夢なんてなかった私には、大人になった今でも追いかけられる夢があるなんて、羨望でしかなかった。

「…朱音って思ってた感じと全然違うね」

― え?

テーブルの下でぎゅっと手を握られ、私は固まった。
理久はさっきまでのゆるい笑顔ではなく、妙に男らしい顔で笑う。

みんなには見えないところで、こっそり繋がれた手。
そんな顔で笑った理久。

この心臓は簡単に音をあげて、理久のその手を振り払うことができなかった。